ライフスタイル

老犬の幸せを願うベストパートナー‼

老犬の幸せとは何か?

 

歳を重ねると共に身体が不自由になっていく愛犬の為に何ができるか・・

 

これまで注いでくれた愛情にどう報いるべきか・・

 

このように悩まれておられる飼い主様も少なくないと思います。

 

私もその1人として日々奮闘を重ねています。

 

私達飼い主には、これまでたくさんの愛情を注いでくれた最愛のパートナーに少しでも穏やかな老後を過ごさせてあげたいという願いがあります。

 

また愛犬達はその願いに精一杯のパフォーマンスで応えようとしてくれます。

 

互いの絆を深め合いながら幸せを願うことは、私達飼い主の責任であり大きな課題であると言えます。



老犬が食べてくれません・・・

 

老犬の食事量やタイミングについて、気を配られている飼い主様もたくさんおられると思います。

 

人間の場合も当てはまりますが年齢と共に食は細くなり、食事が身体に影響を及ぼすスピードは速くなる傾向が見られます。

 

『 食べることは生きること 』という言葉がありますが、食べるからといって普段より量を増やすと、嘔吐や体調を崩したりと若いころに比べて老犬の身体はデリケートになってきます。

 

我が家の場合ですと糖尿病ということもあり、食べないときはインスリンが投与できなくなります。

 

その場合でも体内では栄養分(ブドウ糖)を供給しようとする作用が働きますので、血糖値が上がることがあります。

 

また供給された栄養分は体内にうまく分配されず、体外に排出されるため、栄養分が摂取できずに痩せ細ってしまいます。

 

糖尿病にとって食事とインスリンのバランスは非常に重要になってきます。

 

インスリンの時間は日々前後しないことが好ましいので、寝ているところを起こして食べさせることになりますが、寝起きは食べてくれないことが多いです。

 

このタイミングについての問題は自分に置き換えることでクリアできました。

 

例えば朝寝ているところを無理に起こされるより、日差しと共に料理をつくるトントントンという音であったり、食事の匂いで目覚めたほうが清々しい気持ちになります。

 

普段の食事に消化の良いササミやキャベツを少し加えて、熱くない程度に温めることで食欲を刺激する効果があります。

 

また一度の食事を数回に分けて与えることで食べてくれるケースも多いようです。

 

この要領で我が家の愛犬はノソノソと起きて、ワンワンと食事を要求するようになり、モリモリ食べて体重をキープしています。

 

やはり食事を食べた時のほうが寝顔も穏やかな表情で寝ています。

 

些細なことですが、老犬のゆっくりとした生活リズムに合わせてあげることも幸せのひとつなのかもしれません。


老犬の散歩は元気の源!

 

加齢と共に仔犬の頃のように一日のほとんどを寝て過ごすワンちゃんも多いと思います。

 

散歩には行きたがらず、身体の筋肉が衰え代謝も不安定になってきます。

 

我が家の場合は有り難いことにまだ何とか歩けていますが、歩きたがらない日は公園のベンチで何気ない会話を交わすように心掛けています。

 

肢の弱ってきたワンちゃん達も車やカートに乗せて、無理のない程度に外の景色や空気に触れさせてあげることで、また新たな一日を迎える活力につながっているように思います。

 

毎日の適度な 睡眠・会話・食事・散歩 を 愛犬のリズム に合わせてメリハリをつけることが、気分転換にもなり、気持ちが身体に好影響を与えるように感じています。

 

目や耳が悪くなり、最近は頼み綱の鼻も良くない状態ですが、この何気ない日々の触れ合いが、若いころのように身体を自由に動かせない老犬にとってのリフレッシュに繋がるのではないでしょうか。

 

私が10代の頃『 くう・ねる・あそぶ 』が身体をつくると、テレビCMのマネをして遊んだ記憶がありますが、よくできたフレーズだなと改めて思うようになりました。

 

心を遊ばせてあげることも幸せのひとつと考えていいと思います。


愛情と依存の違いとは?

愛情と依存については多種多様なご意見があるかと思いますが、私はやはり愛情は『 相手を想う気持ち 』・依存は『 己を想う気持ち 』これが正解のような気がしています。

 

 

 

 

 

 

 

頭では理解していても、なかなか割り切れない方も多いかと思います。

 

私の場合はこれに気づかされる出来事がここ最近ありましたので体験談として例にしてみます。


筆者体験談

我が家の愛犬は糖尿病の影響もあり白内障が進行し、日が沈むとほとんど目が見えない状態で、認知症の症状もちらほら出ているのですが、その日は体調も落ち着いており穏やかに過ごせていました。

 

私は溜まった用事を済ませてしまおうと愛犬を寝かしつけて4時間程家を空けることにしました。

 

帰宅後に駐車場から鳴き声が聞こえるので急いで戻ってみると、10㎝程の隙間に挟まり、身動きが取れない状態で身体からいろんな物を垂れ流していました。

 

身体に力はなく、呼吸は荒く意識は朦朧としていました。遅い時間帯でしたが無理を言ってかかりつけの病院へ運びました。

 

症状としては過度のストレスやショックから肺に水が溜まる『 肺水腫 』ということでした。

 

高齢で心臓も弱っている状態なので、獣医師からは『 覚悟してください 』と告げられました。

 

 

 

男1人とオス一匹でこれまで支えあって生きてきました・・。

 

 

 

老犬のお世話をすると決めた日から覚悟は持っていましたが、自分の不注意で起きた事故ということもあり私は諦めることができませんでした。

 

呼吸は治まらず次第に体温も下がってきて身体が反り上がり固まってきました。

 

下腹部から錠剤を投与して、後は祈るばかりの状態で説明を受けて自宅に連れて帰りました。

 

私は全身から血の気が引くと同時に愛犬の身体を温めることしか出来ない自分を責めました。

 

自宅でも状況は変わらず、タイマーで呼吸を計りながら横で見守ることしかできません。

 

この時の私の感情は

 

『 どうかこの子を助けてあげてください・・ 』

 

という気持ちでした。

 

もちろんその場では自身の感情を分析している余裕などありません。

 

 

いま思い返してみると、これは自身を優先する気持ち 依存 になるのだと思います。

 

 

愛犬を想う気持ちと、自身の不安であったり、申し訳ないという気持ちを合わせ持っていました。

 

しばらくして2回目の錠剤を投与しても、苦しそうに呼吸をしている愛犬を見ているうちに、私の感情は次のように変化していきました。

 

 

『 自分はどうなってもいいので、どうか苦しまないように逝かせてあげてください 』

 

 

この感情は自分が残された後のことを考えている余裕はない。といったほうが適切でしょうか。

苦しそうにしている愛犬の姿を見て他の事はどうでもよくなっていました。

 

 

 

自分が愛犬の立場だったらと想像してしまい、不安そうにしている者を残して旅立つことの辛さを考えていました。

 

そう思うと不思議と気持ちが落ち着いてきました。

 

 

この時の感情は恐らく、相手を優先する気持ち 愛情 になるのだと思います。

 

 

それぞれの境界線を見極めることは難しいですが、私は 愛情と依存は似て非なるもの であると実感しました。

 

まっすぐに受けた愛情は、やはりまっすぐな愛情で返すことが礼儀であり、依存は相手の幸せに繋がらないと思うようになりました。

 

 

心には心を尽くすということです・・。

 

 

私はこの歳までそういうことを考えたこともありませんでした。お恥ずかしい限りです。

 

 

そうは思っていても悲しいことにこの感情を忘れて、また依存心が生まれそうになる時があります。

 

そういう時は仔犬の頃を思い出して自身の心をリセットするようにしています。

 

ちなみに我が家の愛犬はこのあと超絶的な復活を遂げて、日々の血糖値と闘いながらも楽しく穏やかな余生を現在も共に過ごしています。

 

この経験で私が学んだことは、今後の私の人生で大きなウエイトになると思っています。


今日のまとめ

皆さまのご家庭でもワンちゃん達との様々な奮闘があるかと思います。

 

そんな中で私達飼い主に共通することがあるとすれば

 

 

それは 愛犬がくれた無償の愛 ではないでしょうか・・。

 

 

命ある者の最期はいつ訪れるか誰にもわかりません。

 

その時が来るまで、いつもと変わらない日々を共に過ごすことが、私達にできる唯一の恩返しであり、年老いた老犬にとっての最大の幸せなのかもしれません・・。

 

皆さまの愛犬がこれからも幸せに過ごせることを願っています。

 



 

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